旧blog ぼくと「かえる」日記(引越し先)
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「かえる」の「こじろう」の見たこと,聞いたこと,感じたこと。
ようこそぼくと「かえる」日記2へ!
今までも読んでくれてたみんなも,偶然発見したみんなも,遊びに来てくれてありがとう
なんだかんだで「かえる」日記も2冊目に突入したんだなっ♪
突然の2度のアメリカ赴任,そして帰国後の生活はドラマのように大どんでん返し
やっと状況が落ち着いたかと思いきや,急な転勤辞令で落ち着かない事この上ない
人生いつ何が起きるか分からない
そんなジェットストリームな日々に振り回されっぱなしな「かえる」が,だらだら綴る日記だ。
お暇な時にでも,覗いてみて欲しいんだなっ♪
線路は続く?~SL展示@19世紀ホール~ [ぷらぷらっと京都]
お待たせしてしまったな。
今日はトロッコ嵯峨駅の19世紀ホールにあるSL展示のお話だ。
リッチ号の新聞記事を見つけた。
『リッチに自然と一体でリッチな気分になるはず』でザ・リッチと命名されたようだ。
もっと何かあるのかと思って深読みしてたけど,分かりやすくていいんじゃないかな。
もっと何かあるのかと思って深読みしてたけど,分かりやすくていいんじゃないかな。
では,展示を見てみよう。
ここにあるものは静態保存,つまり運用を前提としていないようだな。
対義語は動態保存。
こちらは殆ど動かしてなくても,走らせることが可能な状態であるってことだ。
因みに名古屋市科学館前には静態保存なSLがあるんだ。(今は調査で撤収中かもしれない)
ただ,市長はこれを臨海鉄道路線で走らせたいと言っている。
個人的には,走ったら面白そうだし乗ってみたい。
でも,運用する為の費用とか煤の問題もあるだろうなぁ・・・どうするんだろうな?
まずはC58‐48 過熱テンダー*機関車だ。
テンダー*って言うのは,燃料や水を運ぶ炭水車のことだ。
この車両に石炭と水を別で載せる為,より長距離を走れたそうだ。
テンダー*って言うのは,燃料や水を運ぶ炭水車のことだ。
この車両に石炭と水を別で載せる為,より長距離を走れたそうだ。
C58‐48 過熱テンダー機関車
貴婦人と呼ばれたC57の弟分なんだって。
C57よりも動輪(車輪)が小さめでカーブでの小回りが利く感じだったみたいだな。
1974年北海道の釧路鉄道管理局で勇退とあった。
小さめとは言えど,重量100.2t,最高速度85km/h,最大馬力は1097ps。
1馬力は75㎏の物を1秒間に1m動かす力。
でも,数字を並べたってピンと来ないよなぁ・・・。
よくある例えは「重量挙げの選手なら75㎏のバーベルを1秒で1m持ち上げられる」。
ただ,人間の場合は瞬間的な力であって,継続できる訳じゃないだろ?
そう考えると,やっぱりすごいパワーだと思うんだ。
D51-603 過熱テンダー機関車
1975年日本のSL最終運転後追分機関の機関車車庫に留め置かれたそうだ。
だけど,1976年4月13日深夜に起きた火災により,後部半分を焼失!
この被災により,科博への保存展示が中止となったんだって。
その後,一旦解体されたらしいな。
今は残った煙室部分を展示している。
そして『この機関車の処分は、今尚、廃車でなく保留である』と書かれている。
ちなみに機関車=D51(デゴイチ)と言う訳ではないんだな。
同軸の数がアルファベットで表されていて,2本ならB,3本ならC,4本ならDといった感じだ。
1本では走れないから2本が最小。
2本のものは見た事が無いし,残念ながらここにも展示はされていない・・・。
それと,B表記はしないような事を聞いた気がする。
残念な事にこのD51-603は被災した為に,第一と第二動輪しか展示されていない。
第三動輪と思われるものは,北海道の三笠鉄道記念館に展示されているようだ。
続いて,若鷹号。
若鷹号
『日本国有鉄道鷹取工場の技能者養成所の生徒の手によって1939年に改造された蒸気機関車』だそうだ。
若鷹と言うネーミングも若い鷹取工場職員の実習に使われることから付けられたようだ。
前身は,ドイツのコッペル社の小型機(阿波電気軌道の4型7号)。
廃車後,1937年春に鷹取工場へ戻され,実習機となった。
『台枠を前後1170mm延長し、動輪を後ろに移動し、スベリ棒、ピストン棒を長く、ボイラーを高く、運転室を広くするなどの改造』が行われたそうだ。
2000年には,100年の歴史を誇る鷹取工場が閉鎖。
若鷹号の廃棄を惜しむ声に応え,トロッコ嵯峨駅構内で保存されることになったそうだ。
最後にC56-98過熱テンダー機関車
C56-98 過熱テンダー機関車
「ポニー」の愛称で親しまれた(シゴロクポニー)蒸気機関車だ。
どうやら1937年に日本車輌名古屋工場で造られたみたいだな。
愛称は「ポニー」なのに「はと」のヘッドマーク付きなのは何故だろう?
どうやら1937年に日本車輌名古屋工場で造られたみたいだな。
愛称は「ポニー」なのに「はと」のヘッドマーク付きなのは何故だろう?
『その名のように軽快なリズムで走る愛らしい仔馬のようなSLである』
乗ったことないから蒸気機関車の『軽快なリズム』感が分からないけど,きっと軽やかなんだろう・・・。
まぁ,小型だからって言うのかもしれないけど。
さっきの続きだけど,C56-98の56の部分では,タンクかテンダーかを見分けることができるんだそうだ。
10~49までがタンク機関車で50~99がテンダー機関車。
タンク機関車は本体に石炭と水を載せている。
沢山の燃料を積めない為,長距離運転には向かない一方,近郊での輸送には大いに用いられたんだって。
最後の数字は単純に製造順を表している。
もしC56-1なら,C56の一番古いもので,今回は98なので98台目ってことだな。
お客さんが数人しかいないから,ゆっくり見て回れるなっ♪
・・・・・っと!?
びっくりした・・・人形か・・・
説明には【日本にはかつて”人車”の時代がありました】とある。
人車
明治中期の庶民の足だった”人車”。
たった60年ほどの活躍だったそうだけど,当時は人気があったみたいだな。
ただ,定員は4名程度までの上,多くの路線が単線と輸送力はいまひとつ。
因みに,京都には人車軌道はなかったっぽいな。
その路線の殆どは静岡よりも東寄りだったそうだ。
輸送力や効率で自動車化には勝てず,昭和初期にはほとんどの”人車”が消えていったそうだ。
さて,そろそろトロッコ嵯峨駅ともお別れだな。
写真中央がトロッコ列車の改札。
左にちらりと見えるのが前回のあられを買ったお土産屋さんで,右が券売所。
あ,これは・・・・・・(/・ω・)/アタリ!
毎年夏の暑い時期は仕事と最低限の用事でしかでかけないから,余り変わってない気もするけどな。
ワクチン(モデルナ)の2回目の予定も9月にあるし,異物混入のこともあって憂鬱だなぁ・・・。
ってことは,蔵出し写真を早急に掘り出さないといけないって事か。
何かあったかなぁ?
何かあったかなぁ?
季節感は無視するとして,うろ覚えなので短文で書くしかないな。
と言う訳で,みんなも体調にくれぐれも気を付けて欲しいんだなっ♪
と言う訳で,みんなも体調にくれぐれも気を付けて欲しいんだなっ♪
残念なお知らせ。ワクチン1回目でダウン中 [お知らせ]
みんながこの【お知らせ】を読んでいるって事は,残念ながらupができていないってことだな・・・。
念の為と思って【お知らせ】を予約投稿をしておいて正解だったってことか。
念の為と思って【お知らせ】を予約投稿をしておいて正解だったってことか。
先日,ワクチン1回目を受けたんだ。
1回目なので油断してたけど,思ったよりも副反応が酷いみたいだ。
落ち着いたらトロッコ嵯峨野駅のSLの写真を載せるので,待ってて欲しいんだな。
近所の大規模接種会場は,クーポンが届いたら年齢関係なく申し込みができることになってるんだ。
近所の大規模接種会場は,クーポンが届いたら年齢関係なく申し込みができることになってるんだ。
それで休みの日に粘ったら偶然にも予約ができた!
たぶん,誰かがキャンセルした直後に滑り込んだんだろうなぁ・・・(;´・ω・)
また落ち着いたらupするので,もう少し待っていて欲しい。
それでは,みんなも体調に気を付けて過ごしてくれよなっ♪
詳細については,SLの回の【おまけ】で。↑
終着駅へ!~嵯峨野トロッコ列車。その3~ [ぷらぷらっと京都]
まずは今回の大雨で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます
今は大丈夫な地域でも,避難が必要になるかもしれません
どうか早め早めの「できる限り安全な場所」への避難を心がけて下さい
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さて,嵯峨野トロッコ列車の旅も今回で終わりだな。
朝日トンネル直前,線路脇で保守作業中の作業員の方たちを見かけた。
朝日トンネル直前,線路脇で保守作業中の作業員の方たちを見かけた。
こういう裏方の人達のお陰で,今日の楽しい時間が過ごせてるんだよなぁ~。
朝日トンネルに入った。
保津川下りでは,大小様々な奇岩を見ることができるそうだ。
何の変哲もなさそうなあの岩も名前が付いているんだろうか?
上から見るのと流れに乗って見るのとでは全然違うだろうけど,気になるなぁ・・・。
上から見るのと流れに乗って見るのとでは全然違うだろうけど,気になるなぁ・・・。
鵜飼第二トンネルへ入る。
あっちに見えるのはJRだな。
微妙に川の流れが穏やかになってるような気がする。
微妙に川の流れが穏やかになってるような気がする。
たぶん,勘違いだろうな。
だって,穏やかだったら保津川下りができないじゃないか。
レンガ写せるだろうか・・・(まだ気にしてる)
鵜飼トンネルは1~3まであって,保津峡駅寄りが鵜飼第一で亀岡寄りが第三トンネルだ。
【【【カリヨンの音が大きいかもしれないのでご注意を】】】
そろそろ保津峡駅だな。
そろそろ保津峡駅だな。
駅が見えてきたので,急いで録画をスタートさせる。
往路と同じくたぬきたちが整列してお見送り。
カリヨンタワーの音が思った以上に大きく入っていて,ちょっと驚いた。
まぁ,でもどんな音色なのかは分かっただろ?
・・・トロッコ保津峡駅を過ぎたって事は,もうすぐ嵐山だな。
まぁ,でもどんな音色なのかは分かっただろ?
・・・トロッコ保津峡駅を過ぎたって事は,もうすぐ嵐山だな。
ここまでくると,急流って感じではなくなってるかな?
折角なので,天井から見える景色も撮ってみよう♪
あぁ,もう星のやさんまで戻ってきちゃったのか。
そのうち泊りにいくから待っててくれ~(コロナが落ち着くのに何年かかるのか・・・)
亀山トンネルってことは最後のトンネルだな。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうな。
そして・・・
嵯峨野トロッコ列車の旅のお話はここまでだ。
本当は桜や紅葉の季節の方がおすすめだけど,事前予約しないと席が取れないから・・・。
じゃあ,夏なら!って思うだろ?
正直,暑い。
駅には今年もミストシャワーが設置されるらしいけど,列車内は自然の風が頼りだ。
代わりに,竹細工の風鈴が飾られて涼をとることができる。
でも,この異常気象だと暑さよりも雷雨の方がが怖いかもしれないな。
そして冬場はダルマストーブが登場するんだって。
かなり冷え込むそうで,友人は大きなカイロを背中と腰に貼って行ったそうだ。
(クリスマスイブに乗り込んだ友人談)
紅葉シーズンの頃までに落ち着いているといいんだけどな・・・。
さて,ではおやつ。
トロッコ嵯峨駅のお土産屋さん,竹の道 嵯峨の庵へ寄って来た。
かわいいイラストの紙袋に入れてくれた。
嵯峨野トロッコ列車あられ。
製造元は亀岡市のようだけど,さすがにトロッコ列車で運ばれたりはしてないよなぁ・・・。
たまには,どこで買ったお土産かすぐ分かるのもいいと思うんだ。
バラ売りもあったので1袋だけ買って,帰りの新幹線で小腹が空いた時に食べるのもいいな。
(コロナの事があるから今は推奨しないけど)
色んなあられが入ってるのがいい(*´ω`)
いっただきま~す。
定番の海苔巻きは海苔の香りとパリッとした食感がいい。
個人的には,ざらめ系も捨てがたい。
好みがあるとは思うけど,あられやおせんべいってお土産としては使い勝手がいいと思うんだ。
と言う訳で,興味のあるみんなは是非ともお試ししてくれよなっ♪
次回はトロッコ嵯峨駅の蒸気機関車の展示のお話かな?
次回はトロッコ嵯峨駅の蒸気機関車の展示のお話かな?
残念だけど,ジオラマはお休み中だったんだ。